seven hat i …hand made life!

帽子を中心に手作り雑貨を作るsevenhatiのかえる堂から始まるモノ作り。 生活、想い、手作りの品達に自分らしいスタイルを。

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time control.

皆さんは日々時間とどのように向き合っておられるでしょうか。

今年も、秋深まり紅葉も綺麗な本日午後昼下がりであります。

先月体調を崩してから、
平日の朝から晩までのハードワークを
日一日息切れしながらこなすのに少々疲れも感じてきたので、
ここらでまた新しい意識を吹きいれないとなあ…と
ぼちぼちですが時間の価値観について合間に調べたり、
考えたりしていました。


そもそも時間とは何なのか。

時間に振り回される、
とらわれる、などの「時間」にまつわる感覚は
多々あります。

時間を味方に出来たら、どんなに心強いでしょうか。

若い頃は「時間が足りない!」とか
「体がふたつほしい!」とか、
言っても仕方ないことをこぼしてやり過ごすしか
術がなかった気がします。

睡眠時間を減らしてやりたいことをしてる人もいましたが、
言動がちょっと訳が解らない風になっているので、
ああゆうのも良くないなあと思い。

時間を味方にしているどころか、
寿命を自ら減らしているような。

命をかけて、身を削ってまで成したい大義もあるのかもしれませんが、
色々見てきて、自分も寿命を多少縮めたりして、
最近は、時間を味方にしたい。と思うようになりました。


きっかけが、こんなエピソード。

家族に、ほぼ毎日食事を作ったり家事で生活を支えてきて、
来年で9年になります。

沢山色々なことがあって、積み重なって到達した時間なのですが、
最近、その時間に助けられているなあと思うことがしばしば。

まあ、9年も共に暮らしているのですから、
もうお互いが何が好きか嫌か、などわかります。

性格、癖、傾向をお互いに、先手先手で補いあえるようになりました。

よくやる失敗も、「仕方ないか、性格だもんね。結局失敗して一番辛い思いしてるのは自分なのだからね。」

という感じに。

指摘したり抗っても仕方ないです。
ひととなりで受け入れていくという感じでしょうか。


夜食にひとつおにぎりを握るたびに、
ゆっくりですが握ったおにぎりの数だけ、
信頼関係が構築されるというような。

人間関係は、ずばり「時間」だなあと思います。

いやなことも、楽しいことも、時間には一杯詰まっています。


仏教思想では「時間」は「過去があるから現在、未来がある」という風な
因果応報な考え方。

未来も、過去や現在があるからやってくるものであります。

なるほど、そう考えると日常の様々な事象がその理屈の元に成り立っています。


西洋では、その逆方向で、
「未来」が先にあり、「未来の後ろに現在や過去が出きる」という捉え方だそうです。

時間が前を向いている。という感じでしょうか。

仏教の時間感覚が後ろ向きである、というわけではないのですが、
相対性といいますか、面白いなあと思います。


まあ、簡単にいうと電車や車や自転車みたいなものでしょうか。
前に進むと、先にある景色が後方に流れて過去になる。
自分の立ち位置が「現在」といった風でしょうか。


過去に捕らわれて今が見えない、というのもよくあること。

逆に未来の夢ばかり追い求めて、今が伴っていないというのもしばしば。


私はすこし前まで、過去の頑張っていた自分が、
いろんなしんどい思いをしながらも、
沢山得るものもあり、成長していたし、
充実して過ごしていたなあ、と
現在と比較して今を認められないようなことが多かったのですが、
この頃それがすこし無くなってきました。

ある意味すこしですが先のことを考えられるようになってきたのかなあとも思います。

そんなに安定している訳ではありませんが、
最近仕事などで今の自分でも必要とされたり、
立ち位置が見つかってきたというのもあるのかな。

若い人の相談に乗ったり、
年功者としての役割が、そろそろ分かってきたのか。
という年齢になったのかもしれません。
そう考えると、アラフォーも悪くないなあと思えてきます。

仏教思想的な、いままでも人生のお陰で、というところと、
西洋思想的なこれからのまた新しい人生の段階の準備体制といいますか。

次に持っていくものとそうでないものの、
心の断捨離、ですかね。

未来に、そんなに沢山のものは必要ないでしょうから。


Facebookなどの人気のせいか、
来年年明けに、高校の同窓会があるよ、と
連絡が先日ありました。

mixi人気の時、たしか6年くらい前にも同窓会がありました。

あのころはまだ過去の居心地のいい仲間とお酒を交わしたいなあと
埋まらない心をごまかしにいってましたが、

今回のお誘いは、断りました。

同窓会で、普段繋がっていない人に、
いちから説明するのも大変、
理解してもらうのも大変。

もうすこし、また次の次の段階にいったあたりで、
さらに大きな気持ちで語らえるようになったら。
また行こうかな。

相手の生きてきた時間にまだまだ敬意を払って接することの出来ない、
自分の間合いが大事な私たち世代では、
ちょっと息切れしちゃうかなー。と。


いつも繋がっていたい大事な仲間は、
ちゃんと繋がっているので。

いい年の取り方をした仲間とまたいつかゆっくり、ね。

と、同窓会の話題でも自分の時間観念の変化に少し気づきがありました。


いろんな価値観や手法をうまく使って、
自分だけの人生の時間のネジをゆっくり回していきたいですね。

ここちよい秒針のリズムを、その年々で調律しましょう。
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